ナッシュバール王の誕生から一ヶ月が経った。
先王の逝去からの悲しみがまだ残るなか時代は新たな段階へと進み始めた。
 貴族特権の弱体。そして軍部の強化。
政治的均衡は崩れて徐々に不穏な空気を漂わせ始めていた。

「ふぅ、ナッシュバール王はこれからどうする気かしら?」
 ラトーラ姉さんはまるで他人事という風に窓の外を見ながら呟いた。
「さぁ、俺にはそのお考えは分かりません。」
 俺の言葉に姉さんは振り返り俺の目をじっと見つめる。
「……な、なんですか?」
 そういうと視線を外し、
「ま、いいわ。」
 視線をまた外に向ける。
まぁ言いたい事はなんとなく分かる。
このままでは国は二つに分かれるだろう。
それを危惧しているのだろうが、俺は見ているだけしか出来ない。
例え領地を授かってもそれは争いに巻き込まれるだけだ。
それも王位を巡るとんでもなく面倒な争いだ。
それならばいっそ離れた位置にいながら状況を見た方が良いと思ったのだが……。
「さて、レオン達は今頃どの辺りかしらね。」
 レオンはカケラを探す旅に戻った。
旅にはキカとシャルローネ、シルバ卿が同行している。途中でロナとも合流したとか。手紙には書いてあった。
俺も行きたかったが、姉さんに止められた。
 ――貴方はまだここでやる事があるでしょう、と。
 俺のやる事。俺に出来る事。
それが何を意味しているのか。その真意はまだ聞いていない。
俺が今していることは姉さんの秘書みたいな事。
執務に必要な資料を集めたり、議会に出席すればその議事録を纏めたり。それが何を意味しているのかはまだ分からん。
「さて、さっさと終わらせましょうか。」
 姉さんの声に俺は視線を資料に戻した。

 薄暗い地下に続く階段を下りる。
そこには非合法な賭博やあからさまに怪しい男達がたむろしている。
賭博に熱を上げる者、何かの売買を行う者がいるが共通しているのはお互いの素性には無関心だという事だ。
「この空気はどこでも一緒ね。」
 新しい訪問者。普段なら一瞥して終わりだが、見た者はじっとその訪問者を見る。
訪問者はそういった視線に慣れているのか気にする風もなく辺りを観察する。
「時間通りに来いって言っておいて本人が来ないなんて。」
 やれやれ仕方ないな、と思っていると、
「お待たせしました。」
 隣にやってきた女が声を掛けてくる。
「一分待ったわ。時間にうるさいのよ私、知らなかった?」
 くすくすと笑う女。
「そうでしたか、以前私は山小屋に二週間待たされた記憶があるのですが。」
 にこにこしているその頬を抓る。
「い、痛いですよ……さ、こちらです。」
 頬を摩りながら私を先導する。
見た目は少女。しかし彼女の歩く先にいる男達は皆自然を道を開ける。
「ここでも随分と顔が売れているのね。」
「ふふ、かなり長くいますからね。」
 おそらく随分と暴れたのだろう。彼女を見る視線には尊敬と恐怖が混ざっている様に思える。
「さ、ここです。皆さんお待ちですよ。」
 彼女が開けた扉の向こうには円卓があり、そこには見た事のある顔が並んでいる。
扉の向こうへと足を踏み入れる。
「さて、これで全員揃いましたね。」
 ここまで案内してくれた少女が話す。
「うお<白兎>!」
 そう言う男の前には空になった皿が置いてある。
今まで食事でもしてたんだろうか、そうならもっと早く来れば良かったな。
「あら<火鼠>が居るなんてね。私が来るまでも無かったんじゃない?」
「ひひ、今回は楽できそうだな。」
 火鼠の隣には<跳ね馬>、隣のテーブルには<巨猪>が腕組みしている。
「で<毒蛇>、これだけ集めて何をする気なんだ?」
 跳ね馬が少女……<毒蛇>に訊ねる。
視線が<毒蛇>に集まる。<毒蛇>は全員を見渡して、
「この国を壊します。」
 微笑みながらとんでもない事を言い出した。

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